のれん豆知識

のれんの歴史 -のれんと人との関わりは長い

一説によると、のれんの発祥は”京都”だと言われています。

 

一番古く、のれんの存在が確認されているのは平安時代。
庶民の生活を描いた絵巻物の中に、部屋を仕切ったり、雨風を防ぐために、
掛けられたのれんが描かれているそうです。
ですが一説によれば、縄文時代にすでにのれんの原型ともいえる、
風よけに使われたものがあった とも言われています。

そして、現代に繋がる使い方へと変化し始めたのが室町時代。
庶民の日用品から商売道具(ディスプレイ)の一つへと進化しました。
当時はまだ識字率がそれほど高くなかったため、屋号や家紋などがのれんに描かれました。

それが江戸時代以降、識字率の向上とともに、のれんに文字などが染め抜かれるようになりました。
こうして、看板としての役割をのれんが果たすようになったのです。
また、この頃から染色の技術が発達し、様々な色に染め分けることも可能になりました。
のれんには、色によって、その家業を表すという性質がありました。
そうしたこともこれらの時代背景によって、生み出された慣習なのですね。

そして現代
風や日差しを防ぐという本来の役割はもちろん。
店舗の顔として、のれんがお客様をお迎えしています。
また、デザイン性が高まったのれんは、タペストリー(鑑賞用)として使われることもあります。
まさに無限大の可能性です。
もしかするとさらになにか新しい使い方が現代に生まれるかもしません。

のれんのサイズ -大きさで変わる呼び名

”のれん”と一言でいいますが、実はいくつかの呼び方があるのです。
のれんはサイズによって、名前が変わります。

たとえば。
標準的とされているのれんの長さは約113cm
弊社が定番サイズとしている150cmは「長のれん」といいます。
戸口にかけて、目隠しや日よけを目的とするための長さです。

これに対して、長さが約40cmの短いのれん。
居酒屋さんやお店の軒先で見ることができます。
間口いっぱいに掛けられたこの短いのれんは「水引のれん」といいます。

また、長さが57cm。標準の約半分程度の長さののれんは「半のれん」。
店内の様子や商品を見やすくするために、この長さが生まれたと言われています。

「日よけのれん」は切れ目を入れず、一枚の大きな布を屋根から地面へと固定したもの。
その存在感から、今でも看板代わりにと、ご注文をたくさん頂戴しています。
日よけのれんは、風を受けて大きな音がしたことから、太鼓暖簾とも呼ばれています。


さらにもう一つ。
商売用に使うのれんのひだの数は奇数がよいとされていました。

3、5、7の奇数が多いそうです。
奇数はおめでたい数字とされています。
奇数とは「割り切れない」つまり、「余りがでる」ということ。
”商売にも余裕がでる”と言われています。

「のれん分け」 - 後継は世襲よりも実力主義


「のれんに傷が付く」という言葉があるように、のれんは商家にとって、”信用や格式を表すもの”です。
「のれん分け」とは、その大切なのれんを奉公人や家人に分け与える。
つまり独立させることをいいます。
同じ屋号で商売を営むことで、のれんが持つ信用や格式も受け継ぐことになるのです。

昔は、丁稚奉公といってそのお店の従業員になるとき、住み込みで働くというのが一般的でした。
当然住み込みで働くわけですから、従業員にほとんど自由はなく
休日は月2回あればいい方だったといわれています。
そうしてその中で、技術や商才を磨き、丁稚→手代→番頭と出世していくことで、
ようやく「のれん分け」へとこぎつけるわけです。

江戸時代の事業継承は必ずしも世襲ではありませんでした。
何よりも”のれん”を重んじる商家でのこと。
たとえ一人息子とはいえ、商才のないものに家業を任せるわけにはいかなかったからです。

だからこそ、決して家業が傾くことのないように、有能な番頭や奉公人を育ててきたのです。
たとえ正当な後継者がいたとしても、その技術や理念を守るために有能な養子を迎えることは
むしろ一般的なことでした。
つまり血縁よりも能力や技術を重視したのです。

物つくり大国日本は、こういった環境だからこそ生まれたと言っても過言ではないのかもしれません。